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キリスト厨「信じる者は救われる」俺「ヨブ記」→キリスト厨(そっ閉じ)

聖書って安いホテルのベッドサイドに置いてあったりして凄い暇な時に読みますよね。意外と評価が高いんですよ。確か、宮台真司宮崎哲弥さんが一番のオススメの名著として絶賛していたと記憶しています。

 

私も読もう読もうと思ってはいるけど面倒だから読んでないです。

但し「ヨブ記」は面白くて岩波文庫を買って読みました。

「自らの大罪を知りなさい」というメッセージで母親にも送りました笑

 

このヨブ記、酷い内容なんですよ。

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

 

 

凄い簡単に言うと、サタンがヨブという信心深い善人の信心を試すためにあらゆる災難をもたらしてヨブを苦しめる、その許可を神に求め、神があっさりとそれを認めちゃうという話です。

 

そのイジメ方が半端じゃないのですね・・

 

旧約聖書『ヨブ記』日本語訳

 

サタンはヤハウェのもとから立ち去った。 01:13 ヨブの息子、娘たちが、長兄の家で食事をし、酒を飲んでいた日のことである。 01:14 ひとりの使者が駆けつけて言った。「牛が畑を耕し、近くでロバが草を食べていると、 01:15 シェバ人が襲いかかってきて、家畜を奪っていきました。また召使いたちを剣の刃にかけて殺しました。わたしひとり逃げのびたので、報告に参りました」。

01:16 この使者が話し終わらないうちに、もうひとりの使者が駆けつけて言った。「天から神の火が降り、羊と召使いたちを焼き滅ぼしました。わたしひとり逃げのびたので、報告に参りました」。

01:17 この使者が話し終わらないうちに、もうひとりの使者が駆けつけて言った。「カルデア人が三隊に分かれて襲いかかってきて、ラクダを奪い、召使いたちを剣の刃にかけて殺しました。わたしひとり逃げのびたので、報告に参りました」。

 

これでも信心が全く揺るがないヨブも「相当頭イってんな」と思うのですが、サタンはまだまだ容赦しません。神も「殺さなければいいよ」みたいな酷い事を言うわけです。

 

02:07 サタンはヤハウェのもとから立ち去り、ヨブの足の裏から頭のてっぺんまでをひどい腫れものにかからせた。 02:08 ヨブは灰の上に座り、陶器のかけらを持って体をかきむしった。 02:09 彼の妻は言った。「あなたはまだ誠実なままでいるつもりですか。神を呪い、そして死になさい」。

02:10 ヨブは妻に言った。「おまえの話は、愚かな女が言いそうなことだ。わたしたちは神から幸いを受けとるのだから、災いも受けとるべきではないか」。

 

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体中腫れ物の体にされてもまだまだ神への信仰を捨てないヨブ。

もういいじゃないかと普通思うわけですが、神はそのまま放置します。

サイコパスかよ・・

 

友人たちが見舞いに来ますが、流石に一週間も経つ頃には頭もおかしくなってきて遂に神に対して呪いの言葉を吐きます。

この時の台詞が一々上手いのですね。

 

03:03 その日は滅び失せよ。わたしの生まれた日、
男の子が宿ったと告げた夜は。
03:04 その日は暗闇につつまれよ。
天の神は思い返すこともなく、
光もこれを照らすな。
03:05 その日を闇と死の影が奪い返せ。
黒雲は空を覆い隠し、
昼の漆黒はその日を恐怖におとしいれよ。
03:06 その日は年の日に加わるな、
月の数にも入るな。
その夜は、深い暗闇が取り押さえよ。
03:07 見よ、その夜は不妊のものとなれ、
どの地にも喜びの声は上がるな。
03:08 その日を呪え、日に呪いをかける者、
レビヤタンを起こす力のある者が。
03:09 たそがれの星は暗くなれ。
光を待ち望んでも叶わず、
あけぼののきらめきは人目から遠ざかれ。
03:10 わたしの母の胎の戸を閉ざさず、
この目から苦しみを隠さなかったのだから。
03:11 なぜわたしは母胎で死ななかったのか、
生まれてすぐに息絶えなかったのか。
03:16 なぜ人知れず降ろされる胎児のように、
決して光を見ない赤子のようにならなかったのか。
03:12 なぜ抱きかかえる膝と、
乳を飲ませる胸があったのか。
03:13 それさえなければ、わたしはおだやかに横たわっただろう。
安らかに眠りについただろう。
03:14 自分たちのために廃虚を建て直した、
王や議官たちのように。
03:15 あるいは、その家々を白銀で満たした、
黄金をたくわえる君主たちのように。
03:17 かの地では悪人は乱暴をやめ、
疲れた者は休息をえる。
03:18 囚人は解放され、
こき使う者の声を聞かない。
03:19 小さい者も大きい者もともに過ごす。
奴隷も主人から自由になる。
03:20 なぜ惨めな者に光が与えられ、
心悩む者に命が与えられるのか。
03:23 神が道をさえぎり、
行く先の見えない者に。
03:21 彼らは死を望んでも叶わず、
埋もれた宝より死を掘り求める。
03:22 彼らは墓を見つけたら大いに喜び、
満足するだろう。
03:24 わたしのため息は食事に代わり、
うめきは水のように注ぎ出される。
03:25 恐れていたことが、
心配していたことがわたしに降りかかった。
03:26 わたしにはくつろぎも、おだやかさも、安らぎもない。
ただ苦しみだけがやって来る。 

 

これ病気とかで苦しんでる人が読めば共感するでしょう。

乙武さん辺りは否定するかもしれませんけどね笑

素晴らしい名文だなと読み返す度に思います。

聖書もちゃんと読めばすごく面白いのでしょうね!

 

ヨブ記に関する本にも、これまた素晴らしい本があります。

なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記 (岩波現代文庫)

なぜ私だけが苦しむのか―現代のヨブ記 (岩波現代文庫)

 

 

ヨブ記の解説本とかではないのですが、「なぜ神への信仰を持つ善良な人々がある日突然に不条理な目に合うのか?」というタイトル通りの疑問にユダヤ教のラビ(神父的な人)が何とか答えようとしています。

 

「不条理や不公平なんて当たり前じゃん」と無宗教の日本人は思うわけですが、神への絶対的な信仰を持つユダヤ教徒キリスト教徒からすれば、これは大きな謎であり、ある種のタブーでもあるわけです。

 

本書の中でラビは、不条理に遭う人々に何の罪もない事、全くの偶然である事を認めた上で、神を擁護しようとします。それでも神を信仰する事の重要性、自身も信仰と懐疑の中で生きている事を認めます。なぜなら彼自身、子供を先天性の病気によって早くに亡くしているから、その不条理さを嫌というほど感じているからです。

 

あまり覚えていないのですが、ラビは「ヨブの疑問に神が答えていない」と言っていたと思います。聖書のご都合主義を認めているのです。

 

以下は私の見解ですが、すなわちヨブ記は、「神を信仰する善良な人々が不幸になる」という謎に対して予め予防線を張るために書かれたご都合主義的です。

ヨブの信心を試す必要など何一つないでしょう。

神自身、ヨブの信心に疑いがなかったのですから。